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なにかあり/とくになし

その25ドルのチケットは世界で一番安い その5

ベーシストとピアニストをゲストに迎えて
ジョン・ブライオンのショーはつづく。


アコースティックギターを手にして
じゃらじゃらと弾けば
その曲は
キンクスの「ウォータールー・サンセット」。


つづいて
「せっかくだから
 ジャズでもやろうか」と
ヴィブラフォンに向かって
ふたりにコードだけ指示して叩き始める。


何の曲かわからないまま
息をのんで聴いていると(ジョン・ブライオンのショーではよくあること)、
歌い出したら
ビートルズ「パーティはそのままに」じゃないか。


ピアニストが
アップライト・ピアノの左脇についていた
ノブ状の装置をぐっと引っ張ると
まる見えになっていた鍵盤に鉄板がばさっとかぶさるのが見えた。


次の瞬間
ピアノの音は
ハープシコードに変わる。


そういう仕掛けだったのか!


調子が出てきたようで
ふたたびギターを手にしたジョンが
ベーシストの彼にコードを耳打ち。


じゃらんと弾き始めたのは
ゾンビーズ「ディス・ウィル・ビー・アワ・イヤー」!


今夜の選曲は
ぼくを殺すつもりかと思った。


カヴァー殺人事件。
好きな曲を次から次へと演奏され
ぼくは悶絶死に至る。


そんな至福の数十分が終わり、
拍手喝采のなか
ゲストは退場。


これでショー本編も終わりかと思いきや、
ジョンは
よいしょとピアノの秘密基地に腰掛けた。


脇に置かれたアタッチメントを
ちゃちゃっといじくると
場内が暗くなり、
左側のスクリーンに
女性オペラ歌手がアリアを歌う古いカラー映像が映し出された。


あ、
スクリーン、
いよいよ使うのか。


いったい何をどうしてくれるのか
お手並み拝見。


まずはスクリーンに映る美しい女性の
高く澄んだソプラノ・ヴォイスを
しばらくじっと見聞きする。


そのうち
彼女の姿にうっすらと重なり合いながら
もうひとつの映像が見え始めた。


最初はぼんやりと
そして
そのうち音をともなってはっきりと。


ああ、
今度はクラシックの指揮者か。
だれだろう?


やがて
オペラ歌手は完全に消えてなくなり
音のほうも優雅なストリングスに変わる。
しかし
次の瞬間には
また美女の歌声がふわっと復活してくる。


おや?
指揮者の動きが変だぞ?
前後にカクカクしてきた。


映像から視線をフレームアウトして
ジョンを見ると
マウスのような
シンセのトーンベンダーのような装置に手を置いて
映像を進めたり戻したりしているのだとわかった。


どうやら
このふたつの映像を
音として
同調させようとしているみたいだぞ。


へえ!


行きつ戻りつする音と映像が
やがてまどろむように溶け合いだす。


ふうん。
これって
映像的なマッシュアップみたいなもの?
ジョン・ブライオンのVJタイムとか?


そう合点しかけた瞬間だった。


ぼくの不意を突くように
右側のスクリーンに
予想もしない映像が浮かび上がった。


白黒の
たぶん
古い東南アジアの民族楽団の記録フィルム。


竹や金物を使った
原初的なパーカッションを
2列に横並びした
十人ほどのアジア人たちが
ジャカジャカと鳴らし始めたのだ。


そのユルいガムランのようなリズムと
オペラ歌手と
オーケストラの指揮者を
ジョンはカクカクと前後して混然とさせながら、
今まで聴いたこともないような
不思議な音響を作り出していった。


シンクロしているような
ずれまくっているような
溶け合っているような
離ればなれになりそうな。


一分。
二分。
三分。


いや、
ひょっとして十分、二十分は見てた?


頭のなかをおどろくほどの音楽的情報量で攻撃しながら
同時に
ジョンは世界を忘却のトランスに導く。


そして
ピアノに手をかけ
感極まったように
彼は歌いだしたのだ。


ロキシー・ミュージック
「モア・ザン・ディス」を。


つづく。









ツイッターはじめてます。
今夜も
ツイッター名画座mrbqを用意してます。