mrbq

なにかあり/とくになし

グッジョブ、おっさん

数日前の晴れた晩。


帰りの総武線から降り
阿佐ヶ谷駅のホームを階段に向かって歩く。


読みかけの本があったので
それを片手に持って
チラ読みしつつ。


すると
いきなり体当たりしてくるひとがある。


前を歩いていたおじさんが
いきなりきびすを返し、
あやうくぼくを突き飛ばしそうなくらいの勢いで
こちらに向かってきたのだ。


わわわ、すいませんと
しどろもどろにあやまるぼくを尻目に
おじさんは
ドアが閉まろうとしている下り電車に向かって
大声で叫んだ。


「アンゲッ!」


一瞬の出来事で
なんだなんだと
電車のなかの乗客もあっけにとられただろうし、
ホームを早足で歩くひとたちも足を止めて驚いている。


ほどなくドアがプシュウと閉まり
電車はズズズーイと滑り出し
荻窪駅に向けて出発していった。


そのとき
ぼくたちは気がついたのだ。


からになったホームの上に
答えがあった。


雲ひとつない
見事な満月の晩だった。


“アンゲッ”じゃなくて
“満月”だったのね。


グッジョブ、おっさん。
突然の風流を。


つるっぱげで
作務衣を着こなしたおじさんは
ぼくらには目もくれず
もう階段をつかつかと降りていくところ。


きっと
もう一軒くらい
飲みに行くのにちがいない。