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なにかあり/とくになし

男子、異国で昏倒 その2

目が覚めたとき
激痛は変わらず。
脂汗が出ている。


見かねたOさんが約束の相手に事情を伝えようと
携帯で電話をした。
あるミュージシャンに取材をするというのが
目的だったのだ。


すると
実は先方も体調を崩していて
予備日にしてあった明日に変更したいという。
さらに
電話が通じなかったため(ぼくたちの部屋の電話が何故か不通だった)
長年のパートナーである男性マネージャーをホテルまで行かせたという。


Oさんがおおきなからだをまるくして
恐縮の意をあらわしているのがわかった。
だって
そのひとは
Oさんの長年のアイドルであり
この日のために万難を排して準備を進めてきた大事業だったんだから。


申し訳なくて
一刻もはやく立ち直りたいと思うのだが
しかしぼくの腹痛もさらに深刻だった。


そのうち
マネージャーがホテルに到着し、
ふたりの判断で
空港にある薬局までカンチョウを買いに行くことになった。


その報せをぼんやりとした意識で聞いたとき
「ああ、これで助かる」と思った。
以前の
カンチョウで救われたという記憶が
ぼくの命の道しるべとして脳裏に刻まれていたからだ。


その後も何回か、
悶絶と気絶を繰り返したと思う。


やがて
薄闇を突き破るように
「松永くん、買ってきたよ!」の声が。


Oさんの持つビニール袋には
まさに万能の特効薬カンチョウが!
異国製のカンチョウは
透明な容器に入った
ちょっと洒落た感じのかたちをしていた。


「ひとつで十分だそうだけど
 念のためふたつ買ってきたよ」


雪山の遭難者に届いた食料にすがりつくように
カンチョウを手にトイレに。


まず一本完了。


たぶん、これで助かるぞという安堵の思いが大きかったのか
すこし気分よく
ベッドに突っ伏した。


これでしばらく様子を見る。
Oさんはお目当てのミュージシャンのかわりに
長年のマネージャーがしてくれる裏話を聞きに
ロビーへと降りていった。


……痛い。
変化が起こらないどころか
さっきより痛くなった気がする。


これはひょっとして一本じゃ足りないんじゃないか?


とっさの判断で
もう一本カンチョウを手にとり
いざ注入。


さっきよりはいくぶんマシになった気がするが
劇的に効いているという実感が薄い。
むーん、むーんと苦しみながら
ベッドの上を右往左往するばかりだ。


客死。


明治時代の文豪や
戦前の有名人が遂げてきた
異国での非業の死。


それがまさか自分の身にも降り掛かってきたのかと
気持ちがくらくなってきた。


そのとき
ドアが空いて
Oさんがやって来た。


「カンチョウ、あと2本買ってきたよ!」(つづく)