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なにかあり/とくになし

「さつまや」にて

猪野秀史さんと飲んだ。
サシで飲んだ。
渋谷の「さつまや」で飲んだ。


平日はサラリーマンでいっぱいの
ガード下の知られざる名店「さつまや」。
今日は連休初日ということで
背広の群れは見当たらない。
難なくふたりは座敷にあがれた。


まずはビールで。


おたがいの近況とか
12月に考えているイベントの相談をすこしとか
ぼくが前から猪野さんに訊きたいと思っていたある質問とか。


つまみは
にがうり、かつおの腹身、とんこつ(角煮のこと)など。


ところが
ぼくの間抜けで
お店(ハイファイ)に携帯電話を忘れてきてしまったことに気がついた。


歩いて往復10分の距離だが
そのあいだ
猪野さんにひとりで待っていてもらわないといけない。


その時間を持たすために
カバンのなかにあった文庫本を渡した。
こないだから入れっぱなしの
武満徹小澤征爾の対談本「音楽」(新潮文庫)。


猪野さんは
「これは読みました」と言ったけど
他には漫画しかないので、
とりあえず本を押し付けるようにして
ぼくは店を出た。


早足駆け足で携帯を手に取り
息せき切って「さつまや」に戻る。
すると
「読みました」と言っていたのに
猪野さんは「音楽」をもういっぺん読んでいた。


「ぼくが子どものときに
 生まれて初めて
 最初から最後まで読み通した本は
 小澤征爾さんの「ボクの音楽武者修行」なんですよ」と猪野さんは言った。


お父さんの推薦だったそうだ。


ぼくが読んだ最初の本のことも言うべきだと思ったが
携帯を取りにいくときに走ったせいで
酔いがすっかりまわった頭では
とうてい思い出すことはかなわなかった。


実は
今でも全然思い出せずにいるんだけど。


日本酒に切り替えて
それから日付が変わるすこし前まで飲んで
それでも
「さつまや」はやっぱりとんでもなく安上がりだった。