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なにかあり/とくになし

おれのせいじゃないっすよ

昨日の和風居酒屋「けんか」の余韻が続いているわけじゃないが
海外における日本文化の受難という意味で
今日もおもしろい場面があった。


気の良い黒人のあんちゃんが経営するレコード屋
まだ出来て一年も経ってないが、
宗教ものや非北米ラテン、
非主流ジャズや安ロックなどを扱い、
コンディションはまあそこそこだが
値段の安さでは申し分もないということで
結構な繁昌をしている。


ヘッドホン対応の試聴機はなくて
お客さんが「これ聴きたい」と言えば
店内で大きな音で流すという方式。


これがなかなか良いシステムで
たとえ試聴をお願いした客が
そのレコードを気に入らなくても
別のお客さんが「今の何?」と気に留めたり。


忙しくって会計まで手が回らなくても
まあいいってこと。
その鷹揚さも
この国の流儀。


今日もそんな店で
「なんじゃこりゃ?」と思いながら
見たこともない面妖なレコードを眺めていたら、
白人の陽気な若者たちが3人(うち女性1名)連れ立ってお店に入ってきた。


「よおよお、こないだ売ってくれたあれ、最高だったぜ、メン」
「そうだろ、そうだろ、ハン」
「今日もいいやつ紹介してね」
「オーキードーキー」


そんな感じのやりとり。


しばらくして
そのうちのひとりが
壁にかかっていた一枚のレコードを見て
「ホワット……?」と不気味そうな声をあげた。


実はそのレコード
ぼくも気になっていたのだ。
「欲しい!」という意味ではなく
「何故そのレコードがそんな場所(壁)に?」という意味で。
壁にかけてあるレコードというのは
たいてい高いやつか
やばいやつだと相場がきまっているからだ。


ジャケットには
暗闇に男が三人。
三人ともキラッと光る大きめのサングラスをかけている。
確かにあらためてこのジャケを見ると
こいつらなんかとてつもなく狂った音を出しそうだよ……とも思えてきた。


「ああ、それは日本のバンドなんだ。
 一曲だけ、いいブレイクのインストが入ってる」
「マジかよ……? そうは思えないな」
「なんでもトライしなきゃダメさ」


そう言いながら
店主はアルバムに針を落とした。
安っぽいシンセの音と
ゆるめだが確かに“打ってる”リズム。


「パーティーのオープニングとかに、いい感じね」
「だろ? シチュエーションが大事なんだ」
「でも、一曲だけなのかい? 他にもうちょっとないのかい?」


「うーん」と店主はうなって
気が進まなさそうに針を動かした。


次の瞬間
短く劇的なイントロに続いて
「うわぬわうわぬわ〜ん」と
日本人であるぼくには聴き慣れた、あのおなじみの声が。
今は演歌を歌ってらっしゃる
“べーやん”という愛称でも知られた
あのヒゲの御仁の熱い熱い日本語シャウトが
店中に響き渡った。


「オー! ノー!」(外国人の正直な反応を忠実に再録しています)
「こいつらは病気だ〜!」(外国人の正直な反応を忠実に再録しています)
「狂ってるわ〜!」(外国人の正直な反応を忠実に再録しています)
「がっはっはっはっは!」(外国人の正直な反応を忠実に再録しています)


店主が針をあげて
店内に静寂が訪れた瞬間、
おなじ日本人として
ぼくは思わず声をもらしてしまった。


「イッツ・ナット・マイ・フォルト(おれのせいじゃないっすよ)」


それを聞き逃さなかった店主は
「ぐわっはっはっはっは!」と
さらに大きな声で笑った。


ジャケットの隅に
某大阪のレコード店の「300円」シールが貼ってあったのも
ぼくは見逃さなかったけどね!


まあ、
そういうぼくたちだって
似たような真似を
自分の店でしてるのかもしれない。


反省するより
ここは笑うが勝ちってことで。


正しいか正しくないかだけじゃなくて
生き抜くためには
流されるのもときには必要だって、とかなんとか。


いつかこの店で
あのレコードが何十ドルかで売れる日が
来ないとは限らないじゃん。


ぼくが信じたいのは
そっちの未来。


以上、
異国のレコード屋
アリスのアルバム「謀反」を聴く、の巻でした。