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なにかあり/とくになし

三匹の猫と一匹のドラマー その15

よく晴れた冬の寒い朝
駅まで迎えに来てもらい
車で目的地に着いた。
鍵をあけてなかに入る。
昔はこの家に来ると
なかでたいていやかましく音楽が鳴っていて
ドアをどんどんと叩いたり
ドラマーの名前をおおきな声で呼んだりしなくちゃいけないことがよくあった。
それでもなかなか通じなくて
3分間のポップスがフェードアウトする瞬間を見計らって
名前を呼びかけたら気づいてくれた。
そのときにおおきな三毛猫も一緒に着いてきて
わずかに開いたドアのすき間から外に出ようとうかがうものだから
彼は「ダメだよ、ダメだよ」と猫を抱きかかえた。
きょとんとした顔をしたその猫の名をドラマーはやさしく呼んだ。
その名前がぼくも好きだった。
今はもうそのドラマーも猫もいない。
猫はもう2年くらい前に
この家を去っていた。
正確な年齢はわからないけど
十数年は生きたと思う。
王様を失ったこの家をぼくが訪れたとき
ドラマーはもっと気落ちしてしまっているかと思ったものだけど
彼はなんとかふんばって気丈にふるまってみせていた。
ケンカの仲裁役を失った二匹の猫
メグとフェデラルは
ますます激しくやりあっていた。
戦国の歴史が物語るように
領主を失った領土をめぐる争いは
どうしたって血なまぐさくなる。
「でもね」
ドラマーは言った。
「最近わかったんだ。
 フェデラルは争いを望んでないよ。
 むしろ気が荒いのはメグのほうだった」
王様亡きあと
秘められていた女王様の性格があらわになったということだろうか。
実際
メグは以前ほどシャイに身を隠したりせず
ときおり悠然と姿を現した。
からだつきもすごくおおきくなっていた。
「前は隠れてるあいだに自分のエサを食べられちゃっていたけど、
 今は好きなだけ食べられるからね」
ドラマーはそんなことを言っていた。
そのメグとフェデラルも
もうこの家にはいない。
ドラマーが入院してこの家にいなくなったとき
二匹はそれぞれ別の家にもらわれていった。
あとでわかったことだが
自分に万が一のことがあったらそうしてほしいと
ドラマー自身が以前から決めていたのだという。
猫もドラマーもいなくなった家に足を踏み込むことを
ぼくはすこしおそれていた。
泣いてしまうんじゃないかと思っていた。
一歩二歩……
案内をしてもらいながらキッチンを通って奥のほうへ。
すでに遺品の整理や掃除の手がかなりはいっていて雑然とはしていたけれど
急な入院だったことを示すようにいくつかの部屋のなかは
彼が暮らしていたそのままの様子が比較的残されていた。
ぼくとドラマーが
いく晩もいく晩もレコードを聴き明かしたリヴィングは
まだほとんど手つかずだった。
毎日毎週毎月のようにつくっていた自分選曲のCDのためのメモが
書きかけのまま残っていた。
おおきなからだで
長年ドラムを叩き続けて太く曲がった指で
彼はちいさなかわいい字を書くのだ。
そして
自分の絵や
かわいい絵本や絵葉書や雑誌から切り抜いたイラストや写真を
コラージュしてジャケットをつくり
一枚の作品に仕立て上げていく。
彼のCD(それ以前はカセットテープ)から
ぼくが学んだことは計り知れない。
単に珍しい音源を入れているぞというような自慢とは無縁の
音楽を聴いていてたまらなくなってしまう気持ちを
そのままドキュメントすることのたいせつさを教わった。
音楽の名前や背景をいちいち説明したって
実は
なにひとつ音楽の核にあるものを説明していないということを教わった。
オリジナリティとは
だれかがすでにやったとかなにかに似ているとかの先着争いではなく
自分だけの愛しかたの強さの問題なのだとも教わった。
そんなことを
ドラマーはこの部屋で最後までやりつづけていた。
みんなの前でドラムを叩いたり
全米をツアーするミュージシャンとしての仕事はもう終えていたけれど
音楽を骨の髄
心の底まで愛するという意味での音楽家
さらさらやめる気持ちはなかったと思う。
その証拠が
ここにはそのまま残っていた。
太い足をきちんと折り曲げて正座して
疲れてきたら片肘をついて横たわって
ぎょっとしたり
ポンと手を叩いたり
うっとりしたりしながら
彼はいつも音楽と一緒にいた。
かたわらには愛する太っちょ猫がいて。
気高いメス猫と気まぐれなオス猫は
遠くに音楽を聴きながら
どこかの部屋でまたにらみ合っていて。
たぶん
あの三匹の猫は
世界でいちばん音楽を聴いた。
世界でいちばん音楽を愛した者が
毎晩のようにかけつづけたレコードを
いつだって聴いていた。
そんな素晴らしい特等席に
いくつかの夜だったとはいえ
ぼくも同席出来たことを心から誇りに思う。
そして
やっぱりすこし(とても)さびしい。
でも
あの太っちょ猫は
無愛想なふりして
きっとよろこんでいるかもしれないな。
まいったな。
また一晩中レコードが鳴りっぱなしの
かましい夜がこっちでもはじまるぞって。









トム・アルドリーノとタフィに。