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なにかあり/とくになし

ア・スマイル・アンド・ア・リボン その6

何年前のNRBQのジャパン・ツアーだったか、
全公演に帯同したのをいいことに
ちいさなメモにセット・リストを書き付けながら見ていたことがある。


興奮しながら書いていたから
曲目はいい加減。
わからないカヴァーは特徴だけ書いて
あとでトムに訊いた。


「16 インスト、R&B、前のめり」とか
「26 エリントン?」とか。


そんな感じ。


テリーは
事前にやる曲をいっさい決めないでライヴに臨む。
注意深く彼の口元を見ていると
はじめる前に曲名の断片(略語?)らしきものを
メンバーに告げているのがわかるが
何と言っているのかはわからない。


マイクに向かって
「じゃあ次はこの曲です」なんてことも言わない。
勝手にイントロのフレーズを弾きはじめて
みんながそれに「マジ?」みたいな感じで
ずずずいっと乗っかっていくような場面もたびたびある。


いつからそういうふうにやっているのと訊くと
最初からだと答えた。
最初ってのは
1960年代からのこと。


それをやるには
バンドがやるすべてのレパートリーを
みんなが把握していなくちゃ無理だし
練習につぐ練習が必要だ。


……なんてね、
そう思うでしょう?


ところが
NRBQのライヴには
そういう張りつめた緊張感や
ぴりぴりとした研ぎすまされた完璧主義は
みじんもなかった。
リハだって
音合わせ程度のときも多かった。


たいせつなのは
曲を型通りに演奏することではなく
ヘマしようがなんだろうが
一度はじめたら曲を最後までやりぬくこと。


そう心に決めていれば
あとはどうにでもなれと思える。
大事なことは曲を覚えることじゃなく
どう楽しむかを自分でつかむことなんだと
観客にも教えてくれる。


それが
ぼくの愛したNRBQだった。


今のNRBQ
まだテリー・アダムス・ロックンロール・カルテットと名乗っていた2、3年前は
テリーがその精神を彼らに伝授中といった感じで
ぼくらにもどこかおっかなびっくりな
授業参観にやって来た父兄のような気分があったのは確かだ。


そのときの記憶からすると
今夜の彼らは
すごくたくましい。


テリーが「あ」と言えば
バンドが「うん」と返す。
その反応の速度が
確実に高まっている。


以前のNRBQよりもジャズ・ナンバーが確実に増えているし
「素敵な曲なのにレコーディングしてから一度もライヴでやったことがない」と
トムが言っていた名曲
「ウィ・アー・ウォーキング」なんかをやって
古参のファンもにやつかせてくれたりする。


「ウィ・アー・ウォーキング」は
子どもたちのための曲というコンセプトでつくられたアルバム
「ユー・アー・ナイス・ピープル・ユー・アー」に
収められていた曲だ。


穏やかだがしっかりと歩を刻むマーチング・ビートが
「おれたちが歩くのをやめないよ」という
テリーの所信表明であり
トムへのメッセージのようにも思えた。(つづく)