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なにかあり/とくになし

ア・スマイル・アンド・ア・リボン その7

「ここで一曲、クレムに歌ってもらおうぜ!」


テリーが唐突に言って
ぐいぐいぐいっと鋭角的なイントロを弾きだした。


「ゲット・ア・グリップ」。


アルバム「スクラップス」収録の
これも近年のライヴでは珍しい曲。


ソウルフルなハイトーンの初代ヴォーカリスト
フランク・ギャドラーの持ち歌だったこともあって、
めったに演奏されることはなかった。


それをサックスのクレムが
舞台中央に出てきて歌ったのだが
これがまあお見事。


フランク・ギャドラーそっくりの声質で
見事にオリジナルの雰囲気を再現してみせる。
頭頂部が薄くて
非番の刑事みたいなルックスをして
ジャズマンらしく口を開けば冗談しか言わない男だが
やるときはやる。


見事だったねとあとで声をかけたら
「アマチュア時代によく歌ってたんだよ」とのこと。
そんな男が
今はその大好きなバンドでサックスを吹き
しかもその時代の経験が役だっているんだから
人生はわからない。


クレムが場をぐっと盛り上げて退場すると
次に呼び出しがかかったのは
ジェイク・ジェイコブスだ。


テリーはジェイクのことを
こう紹介した。


「ヒア・カムズ・ジェイク!
 マジシャンズの、
 バンキー&ジェイクの
 ジェイク&ザ・ファミリー・ジュエルズの
 そして
 ジェイク&ザ・レスト・オブ・ジュエルズで新譜を出したジェイク!
 最高にいいやつ!」


まるでおれたちのレジェンドだと言わんばかりのコール。


でも覚えておいてほしい。
この才能豊かなアーティストの経歴を
こうもはっきりと讃えることのできる人物は
アメリカにもほとんどいないってことを。


ジェイクは
手ぶらでステージにやってきた。
まるで近所の友だちの家に遊びにきたかのように
よっこらしょとステージにあがる。


水色のベレー帽に
細い紺の縞が入った白のボーダーシャツ。
そのうえに小振りなジャケットを羽織っている。
アメリカ人としては背の低い部類の自分のルックスをよくわかっていて
とてもチャーミングだ。


バンドと一緒に歌うジェイクを見るというのは
ぼくの夢だったから
このときはかなり興奮した。


だってそうだろ。


マジシャンズで、
バンキー&ジェイクで、
ジェイク&ザ・ファミリー・ジュエルズで、
そして
ジェイク&ザ・レスト・オブ・ジュエルズのジェイクで
彼が鳴らしてる音楽は
どこからどう聴いたって
たとえひとりでいたって
たとえだれにも知られてなくたって
最高のバンドマンのものとしか思えないじゃんか。(つづく)