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なにかあり/とくになし

ア・スマイル・アンド・ア・リボン その8

舞台にあがったジェイク。
さて、なにをやろうかねとあたりを見渡し、
テリーと目配せ。


「あれをやろうよ」と
テリーが提案し
バンドが演奏をはじめる。
夢にまで見たジェイク+NRBQ
そして
ジェイクが歌いだしたのは
新作にも入っていないぼくの知らない曲。


でもその歌が何であろうと、
根っからやさしくて
すこしビターな歌声が
舞台とぼくのあいだの距離をぐぐっと縮める。


ありがたいね。
ジェイクの歌声は
60年代からまったく変わっていない。
握手のようにすっと差し出される奇跡。


2曲目は
ジェイク&ザ・レスト・オブ・ジュエルズの新作
「ア・リックス・アンド・ア・プロミス」から
「ジャスト・ア・ストーンズ・スロー」。


「Just a stone's throw from the street♪」


バンドのコーラスが
マジシャンズの昔へと
ぼくらを連れ出してくれる。


ジェイクが歌うストリートは
だれかがこしらえた知らない道じゃなく
彼ら(ぼくら)が暮らす毎日の道。


ありふれているけれど
なくしてしまうとかけがえのない見慣れた道。


ジェイクが歌う歌詞が
石を投げれば当たるくらい
きみのすぐちかくの道ばたにだって
魔法はあるのさと
ぼくのあたまのなかでは勝手に変換されてゆく。


12年前にした質問を
ひとつ思い出した。


「50年代終わりのニューヨークには
 それこそあなたやポール・サイモン
 フェリックス・キャヴァリエやルー・リードみたいな
 音楽好きの少年たちが
 わいわいとストリートでドゥーワップを歌ったりしていたと思うんですが」


「その質問の答えになるかどうかはわからないけど
 つい最近こういうことがあった。
 マンハッタンを歩いていたら
 車からわたしを呼び止める声がした。
 声の主はガーランド・ジェフリーズでね、
 ジェイク、乗ってけよ、って声をかけてくれたんだ。
 しばらく会っていなくたって
 わたしたちはすぐに昔みたいに戻れる」


そう言って
「答えになっているかな?」というような笑顔を見せた。


「十分答えになっています」と
ぼくも笑顔で答えた記憶がある。


当時だれとどう親しかったかという事実よりも
おなじように音楽を愛した戦友が今もいるんだということのほうが
彼の生きてきた証を
何倍もの濃度で伝えるんだと思い知らされ、
自分のした質問をちょっと恥ずかしく思ったくらいだった。


おなじ道ばたで
一緒に道草した。
いつどこでなにをしたかはまるで覚えてないけど
とてもたのしい道草だった。
だれにだってある
その思い出の強さを
自分に置き換えて思った。


そして
もうここにはいないトム・アルドリーノとぼくとで
レコードを買いにあちこちをめぐった道草のことを
どうしても思い返す自分がいた。


ジェイクの曲は
どれもとても短くて
2曲歌って出番を終えるまで
5分ちょっとしかなかったけれど
ぼくにはその数万倍の密度があるものだった。


そうさね。
すくなくとも12年分。
それとも
ぼくが道草してきた人生の分。(つづく)