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なにかあり/とくになし

ア・スマイル・アンド・ア・リボン その12

NRBQのライヴが終わったイリジウムの客席で
ドラマーのコンラッド
立ち話をしているふたり連れの男女に
見覚えがあった。


ぼくはそのふたりを
その夫婦を
よく知ってる。


もうずいぶん前だけど
「リズム&ペンシル」のジョナサン・リッチマン号や
別の雑誌でも
インタビューもしたことがある。


ぼくの顔を覚えていたコンラッド
「やあ来てたんだね」と
先に声をかけてくれた。


それをきっかけに
ニュージャージーのホーボーケンから来ている
その夫婦にあいさつをした。


「こんばんは、アイラ。
 こんばんは、ジョージア


ヨ・ラ・テンゴのふたりが
今夜ここにいてくれていることが
ぼくにはすごくうれしかった。


紹介がてら
ジョナサン・リッチマンの銀のステッカーの話をしたら
「ああ!」と
一発で思い出してくれた。


でも
ぼくのことを覚えているかなんてどうでもいいのだ。
アイラがそのとき話していたのは
やっぱりトムのことだった。


「80年代の話だけど
 ライヴのあとにトムと話をしていたら
 彼が「あげたいものがあるんだ」って言うんだ。
 それはカセット・テープで
 彼の好きな曲を編集したものだった。
 そのなかに
 ペイシェンス&プルーデンスの「ア・スマイル・アンド・ア・リボン」が
 入っていたんだよ」


「いつからあの曲をやっているの?」と
コンラッドに訊いた。


「いや、今日がはじめてなんだ」


アイラが
感極まったような顔をして
相槌を打つ。


「It killed me.」


それは
「心を打つ」という意味の
最上級の表現だ。


「本当に」と
ぼくらは声に出さずに同意した。


アイラとジョージアは明日も来るよとコンラッドに告げて
帰り支度をはじめた。


「今日も2セット見たの?」
「ああ」
「明日も両方見るの?」
「さあどうかな、たぶんね」


アイラは
ミュージシャンではなく
ただのファンの顔で笑った。
会えてうれしかったと言い、
ぼくはその場を辞した。


マイケル・シェリーが
帰ろうとするふたりを呼び止めて
話をしているのが見える。
帰るつもりなのに
帰りがたい夜。
だれかと話をしたくなる夜なんだよ、今夜は。


テリーにあいさつをすべく
ぼくは楽屋口に向かった。


とりあえず
「明日も来るよ」と
言えればいい。
それだけでいい。(つづく)