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なにかあり/とくになし

轟先生のこと

東京に雨が降る。


駅前で
どこかのおじさんが辻立ちして
演説をぶっている。
選挙が近いからだろう。


雨は小降りになったとは言え
ずぶぬれだ。


どこで用意したのか
雨にしなだれたのぼりには「●●新党」の文字が。


ちょっと待って。
そんな新党、知らんなあ。


ふと思い出したのは
神原則夫の「世界に羽ばたけ轟先生!」(アフタヌーンKC)のこと。


日本の政治を国民の性事情から変革すべく
日夜妄想的な政治活動に励む
永遠の泡沫候補、轟先生の奮戦記……。


買った自分が情けなくなるほどの
中学生的な下ねたと
何となく心にうったえる政治的メッセージが
適当にちりばめられた
ほがらか系エロ漫画。


もっともこの画力に
エロを感じるやつなんかいないだろう。
神原則夫の絵柄は
デビュー当時から一貫して進歩や上達を拒否している。


考えてみれば
このひとは
まだ洗練された作品が多数を占める人気雑誌だったころに
ビッグコミックスピリッツ」で華々しくデビューした。


すごいような
すごくないような
しかし憎めない新人が現れたと
記憶している。
村上かつら
確かその前後くらいに同じ賞を受けたはずだ。


しかし
その画風作風は
90年代半ばの「スピリッツ」読者には受け入れられず
次第にフェードアウト。


その後、「アフタヌーン」で再デビュー。
麻雀雑誌やウェブ漫画サイトで地道に活動を続けていたらしいが
ひさびさに見かけて軽いショックを受けたのが
この「轟先生」だった。


全然変わってない!
いやむしろ
積極的に劣化してるかも。


しかし
ベクトルが上であろうが下であろうが
彼の作家としての信念が変わっていないことには感銘を受けた。


何年経っても同じようなことを続ける
インディーズのミュージシャンを愛するように
神原則夫を愛することはできないもんだろうか。


そんなことを腕を組んで思案しながら
机の脇に積んでおいたら
ある日、ふとツマが
「なんだ、そのハゲオヤジの顔は?」と
ぼくに訊いてきた。


その指差す先を見てびっくり。


ページ脇に加工をほどこし
本の横に
轟先生の顔が浮かび上がるような
無駄に丁寧な細工がほどこされていたのだ!


かかかかかかかわいいでしょ?


話は戻って、
雨の中
無名の新党をひとりで率いる
ずぶぬれのおじさん。


おじさんの話
とっかかりがなくてよくわからないし
切迫感が全然足らないよ。


轟先生を見習え、轟先生を。


そんなことを思いながら
夕暮れの横断歩道を渡った。
雨はもうやみそうだった。