mrbq

なにかあり/とくになし

最後まであきれずに読んでみましょう

さる一月の寒い夜、
都内某所の料亭で
ある宴席がもたれた。


最初に黒塗りのハイヤー
人目を避けるように現れたのは
政界のフィクサーとして長年君臨してきた
与党の大物代議士、鷺野宮。


つづいて
少し遅れて料亭を訪れたのが
野党のこれまた超大物議員、霜井草。


霜井草は
もともと与党で内閣の要職を歴任した大物であったが
党内の最高権力をめぐる争いに破れ、
もう長いこと下野に甘んじていた。


そのときの政争の相手こそが
本日同席する鷺野宮なのであった。


当時
ふたりの争いは
発言や人事、政策面のかけひきにとどまらず
裏社会の人脈をも動員した血で血を洗う様相のもので
彼らが通ったあとは死屍累々、
今後数百年は草木も生えぬと言われるほどだった。
「祖師ケ谷大蔵血の大晦日
「阿佐ヶ谷赤色惨殺革命の夜」など
彼らの関与が噂されながら
今なお真相不明のまま語り継がれる凶事もすくなくない。


しかし
おたがい老境に達し、
一度は骨髄に達した怨みも薄れてきたということなのだろうか。
子々孫々の代まで相まみえることはないであろうと思われた
このふたりの老雄が
今夜ついに数十年ぶりに相対するのだ。


この密会は
当然ながらメディアはおろか
与野党の近しい関係者にも極秘に行われることになっていた。


政治家としての晩年を迎えた霜井草は、
実の息子ですら、あやされながら失神したという
かつてのコワモテはどこへやら、
最近はテレビのバラエティ番組にも顔を見せ、
予想外の天然ボケキャラとして人気を獲得している。
突然白目をむきながら逆ギレして絶叫するギャグ
「ぼくちん、霜井草ちん!」は
昨年の流行語大賞にもノミネートされたほどだ。


だが意外なことに
この宴席を催したのは
お茶の間の人気者となり
人間がまるくなったと評判の霜井草ではなく、
鷺野宮のほうだった。


秘書を通じて霜井草に渡された書面には
「同席求ム」と
達筆でただ四文字が書かれただけであったが、
ふたりの間にそれ以上の言葉はいらなかった。


最後にもらった手紙は
「お前殺ス」だったな。
最後の文字をカタカナにするのが鷺野宮のくせだった。
霜井草は
しみじみとその赤い筆跡を思い出した。
あれは(やつが短気で殺した側近の)血だったのかもしらん。


なによりも
彼らは小中高大学と
同学年同クラスで友情を分かち合った
本当の親友だったのだから。


霜井草が個室に入ると
すでに鷺野宮は着座していた。
秘書の姿は見えない。


「ここはふたりだけで」


鷺野宮の無言のメッセージだった。
霜井草はうしろに立つ秘書に目配せをして退席をうながした。
秘書というより
芸能関係の仕事が増えた最近は
すっかり業界擦れして
オールバックをてからせたマネージャー気取りのこの男、
かつて赤ん坊時代に失神した実の息子だ。


「今日は最高の料理を用意した。
 おれも歳だが、おまえも歳だ。
 そろそろ、いろいろ水に流そうや」


鷺野宮のしわがれた声が
しずかに響き渡った。


ふたりによって消された者、人生を奪われた者の多さを考えると
水に流そうにも河口堰が詰まって
鉄砲水になってしまうんじゃないかwww。


そんなジョークで切り返そうかと思ったが
打ち解けるには早すぎるわと
霜井草は
心のなかで膝をつねって自らに注意をうながした。


「まあ一献」


不審な気持ちはぬぐいきれないものの
霜井草は鷺野宮の酌を受けた。
パンパンと鷺野宮が手を叩くと
女中が現れた。


「近海ものの白身魚
 刺身の盛り合わせでございます」


鷺野宮は小さな猪口を一気に飲み干した。
「しかしまあなんだなあ……」


霜井草は
白身魚の薄い刺身をおそるおそる口にした。


んうっ…
うまいっ
うますぎる!(「花のズボラ飯」より引用)


毒が盛られてはいまいかという不安もなくはなかったが
どうやらそれは杞憂のようだ。
さっきまで生きていたのであろう
鮮魚ならではの芳醇な香りが口のなかいっぱいにひろがってゆく。


「真ダラの昆布締めにございます」


かつては
“霜鷺コンビ”と呼ばれ、
末は総理と官房長官かと嘱望されたふたりだった。
さまざまな局面で力を合わせ
ときには共通の政敵をいたぶり
文字通り地獄まで追いやったりもした。


「あのとき、麻ヶ谷の野郎がひいひい泣いてさあ……」
早速赤い顔になった鷺野宮が
遠い目をして言った。


「ウナギの白焼きにございます」


麻ヶ谷とは
ふたりの蜜月時代に
甘いマスクで女性たちの支持を集めていた若い政敵の名前だ。
屋上ですっぽんぽんにしたうえで
ビルから逆さ吊りにしてやったのだ。
あのあと、あいつ(麻ヶ谷)どこ行ったのかなあ?
新党旗揚げするとか言って
そのままどっかに消えたんだっけ?


「サンマの塩焼きにございます」


しかし
その容赦ない政敵攻撃を
まさかこのふたりの間で使うことになるとは
あのころは思いもしなかったのは事実だ。
霜井草も
ぐいっと猪口をあおった。


寒ブリの照り焼きにございます」


次期総理の椅子が
ふたりの周囲で盛り上がり
貫禄の鷺野宮か、実力の霜井草かとささやかれていたある日、
霜井草は
だれも知らないはずだった巨額の不正献金について
公衆の面前で新聞記者の直撃を受けた。


鷺野宮のリークだった。
寝首をかかれたのだ。
さらにいもづる式に不正が発覚し
霜井草は与党を追われた。


「カレイの煮付けにございます」


鷺野宮は
不器用に箸でカレイをせせくりながら
ため息をついた。


「その報復で
 おまえはおれに複数愛人がいて
 しかも風俗狂いの性病持ちだとばらした。
 あれでおれは女性票をすべて失い、
 最初の妻にも愛人にも去られ、
 結局、総理にもなれなかったよ」


それくらい
おれたちふたりの手にかかって
犬死にしていった
おおぜいの犠牲者の姿にくらべれば
かわいいものではないか。


それにしても、と霜井草は思った。
今日の料理
一応、和食コースなのだが
メニューがなんか変じゃないか?


「おれが特別に頼んだんだ。
 今日は堅苦しいのは抜きにしようぜ。
 難しい名前がついてるだけで
 美味くもなんともない料理は今夜は出てこない。
 おれの好物ばっかりさ。
 ガキのころみたいだろ?
 歳とってくるとさ、そういうのが最高なんだよ」


鷺野宮のたるんでシミだらけの頬がひくひくとふるえた。
笑っているつもりなのだろう。


「サワラの西京焼きにございます」


しかし
気を許してもいいつもりになりながら
霜井草の心中には
さっきから何か妙に引っかかるものがあった。
そう
アジの小骨のように。


「オコゼの唐揚げにございます」


酔いも手伝って
さらになれなれしさを増した鷺野宮は
「霜ちゃん、地元の名物だよ、なつかしいな」
と小学生のころの霜井草のアダ名を思わず口にしつつ、
茶色い唐揚げにばくついた。


「フグ鍋にございます」


しかし
霜井草の心は晴れなかった。
晴れないどころか
料理が進むにつれ
どんどん鷺野宮に対してむかむかとしてくるのだ。
自分でもわからない。
いったい、このいらつく感じのわけはなんなんだ?


「シメに
 鯛茶漬けと吸い物でございます」


まさか……。
吸い物は……?


「吸い物はハモでございます」


ああ!
そうか!
そうだったのか……!


テーブルの端がカタンとふるえた。


「フハ……
 フハハ……
 フハ……フハハ……フハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!」


下を向いていた霜井草の口から
この世のものとは思えない
不気味な笑い声がこぼれはじめた。


「見えた、見えたよ、おまえの魂胆。
 最初からおかしいと思ってたんだよ」


うつむいて表情は見えないが
霜井草のふるえはいっそう激しくなった。
その原動力は怒りだった。


「待て待て、なんだいきなり。
 おれは心からおまえと和解したくて呼んだんだよ。
 おい、ははあ、そうか、
 最近おまえがテレビでやってるあれか、あの逆ギレのギャグか?
 「ぼくちん、霜井草ちん」か!
 あれは、いいよな。
 おれも孫にせがまれるんだ、
 じ〜じ、「ぼくちん、霜井草ちん」やって、「ぼくちん、霜井草ちん」やってよ〜、って!」


次の瞬間、
テーブルが大きくひっくり返り、
鷺野宮の顔面を
煮えたぎったフグ鍋の汁が直撃した。


「ぅおんどりゃ、なにさらすんじゅわわわわわわわわわわわわわ……!」


言い終わらないうちに
鷺野宮の大きく空いた口に
大きくジャンプした霜井草のキックが
かかとから入れ歯に
ずぶっとめりこんだ。


それが
ふたりにとってのアルマゲドン(最終戦争)の始まりだった。
控えの間に隠れていた両者の用意したヒットマンたちが
いっせいに部屋になだれこんできた。
刺身や切り身が乱舞し
部屋のなかが真っ赤な血で染まっていくなか、
鷺野宮と霜井草は
あれほど反目していたはずなのに
何故かまったく同じことを思っていた。


「そうだそうだ、これでいいんだ。
 た・の・し・い・な……」


その恍惚の表情は
かつて手をつないで学校に通っていた
小学生のころのふたりを
どこかしらほうふつとさせるものだったと
のちにこの惨劇の生存者は
実話系週刊誌に語った。


そしてもちろん
この一件の真相は
「霜鷺恐怖の和解事件」として
政界の闇に葬られることになったのである。










































































さて

ではここで問題です。


いったい何故
霜井草は鷺野宮の接待に激怒したのでしょうか?


【1/21追記】
今回はシメキリとさせていただきました。


……って、
このくそ長いブログ、
なぞなぞだったんかいいいいいいいいいいい…………!