mrbq

なにかあり/とくになし

明日から 穴を掘る

明日から 穴を掘る。


そのフレーズを
運のいいことに
ぼくはずいぶん前から知っている。


星野源
サケロックと併行して
ポリプ(polyp)という男女デュオをやっていたころに
レパートリーにしていたのがこの曲「穴を掘る」で
そのころは一緒にデュオを組んでいた女の子が
歌をうたっていた。


20歳そこそこで書かれたこの曲は
ポリプが活動停止してからはしばらく眠ったままだったが、
その後
アップテンポのスカ風にしたインスト・ヴァージョンで
サケロックのレパートリーになり、
カクバリズムに加入して最初のシングルにもなり、
限定で自主制作されたソロCD「ばらばら」に
星野自身の歌とギターで弾き語られ、
さらに写真家・平野太呂と共著の
CDブックというかたちで一般発売もされ、
めでたく陽の目を見た。


去年の後半には
サケロックのライヴでも
星野ヴォーカルでこの曲はたびたび演奏された。
そのとき
歌もののソロ・アルバムを作ることは
もう決まっていたから、
何となくの布石というか
やっぱり「穴を掘る」から
星野の作品作りの意識は
始まっていくのかなとも思ったりした。


そんな感じで
「穴を掘る」は
星野源のミュージシャンとしてのキャリアの
ところどころでぷくぷくと浮かび上がる。


初のソロ・アルバムである「ばかのうた」にも
やっぱり「穴を掘る」は入っている。


その出だしの一行が
「明日から 穴を掘る」。


90年代の音楽ファンにとっての(ひょっとして今も)
万能のキーワード「掘る」という言葉の意味は
意外と重たい。


英語でも「dig」という言葉が同じ意味で使われるが
レコードや情報を
奥深くまで分け入って探し求めることを指す。


だが
掘って出来た穴が
よく見たら自分の墓穴だったなんて場合も
あるんじゃないかと
この10年くらいは思ってきた。


掘って出てきた宝物の意味を信じて
掘った分だけかしこくなって
掘った場所から逃げられなくなりそうだから
掘って掘って地獄の底まで掘りまくるしかない。


未知の可能性を広げるために掘り続けてきたことが
いつの間にか
自分の周りの壁を高くして
身を守るためだけの行為になっている、なんてね。


自分も含めて
こわいものです、それは。


星野源の「穴を掘る」は
そんなことを歌っているわけではないけれど、
たぶんそこのところのあやうさを
知らないうちに知っている歌になっている。


歌のエンディングは2行。
主人公は穴の先へとたどりつく。


気がつけばそこは 知らないところ
気を強く持てばそこは 知らないところ。


2行目の「気を強く持てば」で
「知らないところ」に待つ不安が
わくわくした気分へと鮮やかに反転するのが
くやしいくらい見事。


ポリプから十年近く経って
リズムの緩急や楽器の編成は変わっても
結局、歌詞も曲そのものの構造もまったく変わらない。
変わる必要はないんだな。


そこから掘り始めた穴が
今「ばかのうた」につながっているところに
星野源ナチュラルなつよさがある。


そのうえ
穴を掘るのは「明日から」だなんて言う。
そういう意固地なほどのぐうたらさもまた
いやになるほど星野源だ。


「ばかのうた」を聴きながら その1。