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なにかあり/とくになし

マイ・ライフ・アズ・ア・(シリー)・ドッグ その2

冷凍イカを詰めた袋には
送り先によって異なる番号がふられていて
それが周囲の小さなパレットと符号しているのだった。


ぼくも含めた荷役者たちは
自分がたまたま立った場所のパレットの担当となり、
そこにふられた番号とおなじイカの袋を
大きなパレットからどんどん積み降ろしていく。


ただそれを延々と繰り返すのが仕事だった。
というか
それは仕事という名の
自分の才能や経験を活かして
将来を見据えるものではなく、
人間から心を切り離し
オートメーションの一部として使うという
産業構造の底辺にある
ものいわぬ肉体を動かすシステムにすぎない。


もっとも
その実情や実感については
苦役列車」のなかにも見事に描写されているし、
ここではあまり筆を割かない。


あとでわかったのは
ぼくが当時所属していた派遣会社は
テレビでCMもしていた有名なところで、
若いフリーターを中心にいろいろなひとたちが集まっていたが、
そのなかでも
この仕事はダントツで不人気をかこっていたものということだ。


そりゃそうだよ。


“軽作業”とでもウソを言わなければ
こんな仕事に若者は集まらない。


だからなのだろう。
会社のやりくちは
さらに悪辣をきわめたものだった。


全身の体力を使い切って一日の仕事を終え、
明日からは“品川で軽作業”にはだまされないぞと
心に強く言い聞かせながら
ぼろ雑巾のように電車にへたりこんで帰宅する途中だった。
携帯電話が鳴った。


「松永さん、おつかれさまです」


派遣会社の人間だった。
やけに下手に出た明るい声に
あからさまに不穏なものを感じた。


「松永さん、明日もおなじ現場でお願いしますね」
「え? 一日だけというお話でしたけど?」
「何を言ってるんですか? 聞いてませんでした?」
「いえ何も」
「あの仕事、一度入ったひとは一週間つづけて勤務する契約になってるんですよ」
「え”えええええええ?」


もちろんそんなことを会社が最初から言うわけはないのだ。
完全なる後だしじゃんけん。
それも立場の弱い(金も逃げ場もない)者を見下した卑怯な作戦。


一週間もこれじゃ死んでしまう。
いやそれよりもなによりも
ひとの弱みにつけこんだそのこずるさに身の毛がよだつ思いがした。


そのときだ。


ぼくの口から
とっさに思ってもいない言葉が出た。


「できません」


「え? 何でですか? お仕事必要ですよね?」
「できません。明日はどうしても名古屋に行かなくちゃいけないんです!」


自分でもおどろくほど強い口調になっていたようで
相手があっけにとられたのか
ふと無音になった瞬間、
これさいわいと電話を切った。


名古屋に行かなくちゃならない用事なんかない。
最近眺めていた情報誌に載っていた
ヨ・ラ・テンゴの来日公演スケジュールで
名古屋公演が明日になっていたことを
たまたま思い出しただけだ。


そうだ!
名古屋行こう!


そして翌日
金もないのに
本当にぼくは名古屋行きの新幹線に乗って
ヨ・ラ・テンゴを見た。


そして
その夜に見たヨ・ラ・テンゴがきっかけになって
ぼくは日雇い派遣から足を洗う決意をした。(つづく)


マイ・ライフ・アズ・ア・(シリー)・ドッグ その2