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なにかあり/とくになし

なぜエルメート・パスコアールは2年連続で八代に行くのか?/山口功倫インタビュー その2

なぜエルメート・パスコアールは2年連続で八代にいくのか?

全国の音楽ファンがすくなからず感じているであろう素朴な疑問を振り出しにしての話だけど、これは熊本県八代市というある地方都市を舞台にした音楽ファンの生き方と伝え方の物語でもある。

第2回は、いよいよ〈FRUE〉が立ち上がって、エルメートの八代公演が実現するまでの話。今回もおもしろいです。

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──お兄さん(山口彰悟)が〈FRUE〉を立ち上げられたときは、山口さんはどうされてたんですか?
 
山口 最初の〈FRUE〉のイベント〈FRUE ~Etheric Uprise~〉(2012年3月10日、代官山UNIT & SALOON)のときは、まだ俺は東京にいました。八代に帰ってからも東京には寺の仕事で行ってたので、〈FRUE〉イベントには何回か遊びに行きましたね。実質的におれが兄貴を手伝い始めたのは、1回目のエルメート(2017年1月7日、8日、渋谷WWWX)かなぁ? そのときからチケットの担当をやらされて(笑)。「ひとりぴあ」みたいなものです。
 

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──え? ライヴは東京だけど、チケットの受付は八代でやってたということですか?
 
山口 はい。メールの受け答えもチケットの発送も基本的にはおれが八代でやってたんですよ(笑)。〈FRUE〉としてのチケット販売も、あのときくらいから本格的にやりだしたんじゃないですかね。最初は勝手がぜんぜんわからなくて大変でした。
 
──〈FRUE〉で最初にエルメートを招聘したときって、僕は都合が合わなくて行けなかったんですけど、なんか告知とか、いろんな雰囲気作りがすごく普通のイベントと感じが違ったんですよ。
 
山口 福岡の八女にいる友人も「〈FRUE〉のことは知らないけど、WWWがやってるなら大丈夫なイベントだろう」と思って見に行ったらしいですよ。〈FRUE〉主催ってことよりも〈WWW〉がやるからいいだろうって思われてたわけなんですけど(笑)。そもそも、それまでは〈FRUE〉はそんなに知られてなかった。
 
──モロッコからジャジューカの人たちを呼んだりして話題になった〈FESTIVAL de FRUE 2017〉はその年の秋開催(2017年11月3日、つま恋 リゾート彩の郷)ですもんね。まだ2017年のエルメート招聘の時点では〈FRUE〉としての一般的な知名度はそんなになかった。
 
山口 それまではクラブ系の人しか知らなかったと思います。エルメートを呼んだことで、だいぶ名が知れた感じはありましたよね。
 
──「伝説の巨人を呼べちゃう人たちなんだ」って驚きがありましたからね。とはいえ、実務はさぞかし大変だったんでしょうね。
 
山口 最初はおれはチケットの担当だけだったんで、実際の大変さはそんなにわからなかったんですけど、去年の2回目のエルメートは一緒にツアーについて行って、2回目でもみんな大変そうだったから、(初回は)もっと大変だったんだなと思います(笑)
 
──では、〈FRUE〉として2回目のエルメートのジャパン・ツアーのオープニングに組み込まれた八代公演の話をしましょう。ぼくもあの公演日程が発表された時点では、山口兄弟のことをまったく知らなかったので、本当にびっくりしました。「え? なんで?」みたいな感じで混乱しました。
 
山口 そりゃそうですよね。おれも、自分がまったくそういう関わりがない状態で「八代でエルメートがやる」って話を聞いたら「なんなんだ、それは?」って思いますもん。
 
──八代→大阪→東京ってツアーの日程も、普通ありえないじゃないですか。
 
山口 じつは、最初は何回も断ったんですよ。「無理だ」って。
 
──そうなんですか。「ぜひぜひ!」ではなく?
 
山口 その前の経験として、ジョン・メデスキ(メデスキ、マーティン&ウッド)の熊本でのソロ公演(2016年3月31日、熊本市男女共同参画センターはあもにい多目的ホール)をおれが受けてたんですね。そのあとはニュー・ザイオン・トリオとシロ・バチスタの公演を山鹿市(2017年8月27日、天聽の蔵)でやったんです。それぞれ動員はメデスキが200人弱、ニュー・ザイオン・トリオも2、300人くらいでうまくいったんです。でも、エルメートはやつしろハーモニーホールに500人呼ばなくちゃいけない。地元には昔の知り合いもいますけど、そうじゃない層にアクセスしないといけないから、ちょっと大変だなと。おれも子供がそのころ2、3歳だったんで手が離せなかったし、手伝ってくれそうな友達にも「ちょうど子供が生まれるから今回は無理」って言われて。兄貴には何回も断りを入れました。でも、しつこく「やろうよ」って言ってくるんですよ(笑)
 

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 写真:渡辺亮

 

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──それほどの八代へのこだわりはなぜだったんですかね?
 
山口 そこは兄貴に聞かないとわからないですけどね。たぶん、どこかで地方公演をやりたかったというのがまずあったんですよ。それと、ニュー・ザイオン・トリオを熊本に呼んだときも前日に菊池市の友達がウェルカムパーティーをやってくれたのが、めっちゃ楽しかった記憶もきっかけにあったと思うんです。ほかには、温泉に入りたいとか。今日、この取材に来る前に過去に兄とエルメートを「やる/やらない」でやりとりしたメールを見直してたんですけど、結局「やる」って返事のメールはなかった。東京に俺が直接言いに行ったんです。
 
──なるほど。最後はじかに。
 
山口 そうです。そこで話をして、「やる」という最終決断を伝えたんです。そのあとのメールは「もうハーモニーホールに申請を出してきた」という話題になってますから。
 
──なるほど、その後もいろいろなご苦労はあったでしょう?
 
山口 そうですね。まあ、会場のハーモニーホール八代市の持ち物なので、市民は借りやすいといえば借りやすいです。機材とかはスタインウェイ以外、全部持ち込みですけどね。おもしろかったのが、ハーモニーホールのステージ担当の方が兄貴の高校の同級生だったんですよ。うちの嫁さんもおなじ高校なので知ってました。だけど、最初の2回くらいの打ち合わせではおれも向こうも打ち合わせで会っても気づかなかったですね。3回目くらいに「山口、だよね? お寺、だよね?」って言われて、お互いに「あー!」ってなりました。ライヴの本番でも、最終的に撤収の時間が押してしまったんですけど、あまりガミガミ言わないでくれたのはそのつながりがあったからかな(笑)
 
──それから、チケットを売るための宣伝も必要になりますよね。
 
山口 フライヤーを撒いたりするのはいろいろ協力してもらったりもしたんですけど、八代ではほぼひとりで動いてる感じでしたね。
 
──八代にもジャズ喫茶があるし、マイルス・デイヴィスとエルメートの関係を知ってたら好反応だったのでは?
 
山口 いやー、正統派のジャズバーだとむしろ「誰これ?」みたいな感じもありました。最初は結構つらかったですね。そのなかでも、すごく反応してくれたお店があって。もともと六本木か麻布でバーをやってた人が八代に戻られて開けたお店だそうなんですけど、そこでは「わー、なんかすげえの来るな」ってのってきてくれて。ほかにも「この店も行ったほうがいいよ」って教えてくれるお店もたくさんありましたね。そこでソウルのレコードをめっちゃ持ってる人がお店やってたり、いいアンプとスピーカー置いてるバーとかを知って、芋づる式に毎晩行くお店が増えていきました。八代の夜の街の人たちはすごく優しいんですよ。とにかく夜はだいぶお店をまわったので、ちょっと家庭が崩壊しそうになりましたけど。「また行くの?」みたいなね(笑)
 
──いよいよチケット発売となってからの売れ行きはいかがでした?
 
山口 最初は、ぜんぜんダメでした。だいたい熊本はチケットの動きが基本的に遅いんですよ。むしろ鹿児島とか福岡とかの人がすごく早くに買ってくれて。「なんで八代なの?」と思ってたかもしれないですけど。
 
──とはいえ、九州新幹線新八代駅ができて、ずいぶんと福岡も鹿児島も近くなりましたよ。
 
山口 そうですね。八代って、みんなちょっとずつがんばれば来れる場所なんですよ。車でも両県から2時間くらいだし、九州の交通の中心ですからね。
 
──チケットのご苦労はあったと思いますけど、当日(2018年5月10日)、開場前は長蛇の列ができてて、ぼくも感動してしまいました。

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写真:渡辺亮


山口 おれはあんまり列を見てる余裕もなかったですけど、あれは本当にうれしかったですね。あと、エルメートのツアーについていって、すごくいいなと思ったのは、エルメートを見にきてるお客さんがすごくオープンな感じだったことでした。腕組みしてライヴを見てない感じ。東京とか何度か来てるわけだから見てるほうのハードルも上がってたと思うんです。だけど、みんな心をひらいて見てくれてましたよね。あれはミュージシャンもうれしいですよ。
 
──じっさいに熊本に到着してからのエルメートたちの反応はどうでした?
 
山口 最初は熊本空港でしたけど、到着ゲートから出てきたときは衝撃的でしたね。とりあえずくまモンとエルメート一行で写真を撮りました(笑)

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──ライヴの前日には宗覚寺の境内でバーベキューをやって歓迎したそうですけど、彼らは八代の街や風景についてはどんなことを言ってました?
 
山口 みんなポルトガル語だし、そこはツアーに帯同してくれた通訳さんに聞かないと詳しくはわからないですね。エルメートがKAB(熊本朝日放送)で受けたインタビューでは「山が見えて、鳥の鳴き声がして、そういうのがすごくいい」と答えてました。たしかにそれは来日しても都会をまわるツアーだけだとなかなか味わえないことですよね。その言葉を聞いて「やってよかったな」と思いましたね。地元の八代の食材を使った食事も、みんなすごく喜んでくれて。それで調子が出たのか、みんながいきなり「ライヴがやりたい」って言い出したんですよ。
 
──ああ、それがFacebookに動画も残ってる、八代のライブハウス乱入になったんですね。
 
(第3回につづく)

 

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本日は、バンドのピアニスト、アンドレマルケスのソロ公演が代々木上原MUSICASAで開催。

 

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エルメートのツアーは大阪、八代と続きます。チケットはこちら。

 

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