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なにかあり/とくになし

A Talk about ENJOY THE EXPERIENCE

それはまったくの偶然の出会いだった。


2013年、春の“レコード・ストア・デイ”(4月20日)に出版され、レコード・マニアの間でひそかに話題を呼んでいた本『ENJOY THE EXPERIENCE : HOMEMADE RECORDS 1958-1992』(Siencure Books)の編著者、ヨハン・クーゲルバーグ(キューゲルバーグ)が僕の目の前にいる。



分厚く重いこの本は、タイトル通り、アメリカで無数に作られていた、セミプロや素人が制作した自主制作レコードを紹介した驚異のガイド本だった!


めくるめく手書きジャケや謎レコードのコレクションが圧倒的なだけでなく、一枚一枚にデータが添えられ、シャッグスなど重要な人物やバンドについては詳細なバイオグラフィーも掲載されている。


無名人たちの知られざる傑作とその全貌を、この感動的な一冊にまとめた人物が、なぜ東京にいるのか? そしてなぜ、どうやってこの本を作ったのだろうか? いくつも湧き上がる疑問を抱えつつ、ヨハンさんに話を聞いた。


あなたはいったい誰ですか?



※「CDジャーナル」2013年11月号の記事に加筆修正を加えたものを編集部のご厚意を得て掲載いたします。


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──「このすごい本を作ったのはいったいどこの誰だ?」ってかねがね噂していたんですよ。まさか東京でお会いできるとは思ってませんでした。


ヨハン ちょうど今(2013年9月)、UNITED ARROWSのギャラリーで行なわれるラリー・クラーク展「Larry Clark stuff in Tokyo」のプロデュースで東京に長期滞在しているんだ。私はこれまでも日本でこういう仕事をいくつか手掛けている。UNITED ARROWSでのヒップホップ展や、HYSTERIC GLAMOURUNDERCOVERといった他の日本のファッション・ブランドでヴェルヴェット・アンダーグラウンド展を企画したりしてきた。日本人と仕事をするのが好きなんだ。日本人にはカウンター・カルチャーやマニアックなカルチャーへの情熱があって、私にはとても仕事をしやすい環境なんだよ。


──ヨハンさんは1990年代にピチカート・ファイヴが全米発売されるきっかけを作った人物でもあるんですよね。


ヨハン そう。私がピチカート・ファイヴアメリカに紹介した。当時、私はマタドール・レコードのゼネラル・マネージャーで、MIDEM(フランスで開催される国際音楽産業見本市)に出かけたときに、彼らの「トゥイギー・トゥイギー」を知ったんだ。私はその曲をあらゆるところでプレイし、あらゆる人に紹介しまくった。その結果、マタドールとピチカート・ファイヴは契約をすることになった。シングル「トゥイギー・トゥイギー」を日本語のままアメリカでリリースするにあたって会社を説得するのには大変骨を折ったけど、その甲斐あってあの曲はカルト・ヒットになった。93年だったね。



──今現在は拠点としているニューヨークでギャラリー「Boo-Hooray(ブーフーレイ)」を経営しながら、いろいろなキュレーションをしていると聞きました。


ヨハン 私のギャラリーでは、ポップ・カルチャー、アンダーグラウンド・カルチャー、カウンター・カルチャーを扱ってきた。私のメイン・ビジネスは、大学や博物館のために現代カルチャーのアーカイヴを作ることなんだ。これまでにイエール大学のためにパンクのアーカイヴを作り、コーネル大学のためにヒップホップのアーカイヴを作った。今はアフリカ・バンバータの膨大なレコード・コレクションのアーカイヴを製作しているところで、もし可能ならば来年、その展示を東京でもできたらいいなと思っている。そして、そうした展示やアーカイヴをそれぞれ一冊の本にすることを計画しているよ。


──09年に出版された『The Velvet Underground: New York Art』もヨハンさんの仕事なんですよね。そしてその新たな本のひとつが、この『Enjoy The Experience』だったわけですか。


ヨハン そう。この本にはたくさんの人々が関わっている。伝説的コレクターが惜しみなくコレクションを提供してくれているんだ。


──なるほど。ヨハンさんの、いろいろなコレクションをアーカイヴ化して紹介するという普段の仕事が、この本を作るうえで重要な役割を果たしているんですね。ところで、そんなコアな人々とはどうやって知り合っていったんですか?


ヨハン それは1980年代、まだインターネット以前の話さ。レコード・コレクションは秘密の友情みたいなものだった。レコード・フェアやスリフト・ショップを自分の足で回り、車で州を超えてレコードを探しに行った。今回の本の最大の協力者であるポール・メイジャーも、そんな人物のひとり。ポールとは、私がまだスウェーデンにいた1986年に知り合った。ポールは情熱的なキュレーターであり、コレクターであり、ディーラーであり、なおかつ、彼が書く音楽についての文章は素晴らしい。彼がレコードを売るために作るカタログは、説明ではなく詩か文学のようにさえなっている。そのカタログを読むと、紹介されているレコードを今すぐ聞きたくて仕方がなくなる。そのカタログを通じて私たちは友だちになり、私が88年にアメリカに移住したときに、ポールやその周囲にいたコレクターたちが私の最初の友人になってくれた。彼らがこの本の協力者になってくれている。


──何よりこの本が素晴らしいのは、無名のレコードをただ珍しいものとして陳列するだけでなく、ちゃんと考察をしていて、なおかつ、読者が何かをしたくなる気分にさせるところだと思います。


ヨハン それがすべての源泉なんだ。この本は、自分がいる場所に眠っている秘密のカルチャーを探し出そうとする者のためにある。つまりそれは、毎日の生活から生まれるカルチャーなんだ。こういう自主盤を作る連中はプロのミュージシャンではない。何らかの理想があり、それをだれかとシェアしようとした人々さ。今はともかく、昔は自分でレコードを作るのはお金もかかるし、簡単なことじゃない。そんな時代にこんなことをするのは、自分の理想を愛しすぎていたと言えるだろうね。トム・ジョーンズバーブラ・ストライザンドになれるかもしれないと思っていた連中もいるかもしれないけど、そんなことは起きやしない。だけど、その情熱だけはとほうもなくパワフルだった。


──実現しなかった夢があふれてますよ。


ヨハン そう。すべてが夢の世界さ。だけどその夢は、私に言わせれば実現しているんだ。なぜなら、こうしてレコードになっているんだから。有名になることは、たぶん、彼らにはそんなに重要じゃない。人の心を動かすものを作ることが彼らには重要だった。Youtubeもファイル交換サイトもない時代にね!


──こういうアメリカの自主盤を紹介している本は僕もいくつか持っています。でも、そのほとんどが彼らを笑い者にしているというか、下世話に爆笑してオシマイにしてしまっているのが不満でした。


ヨハン このカルチャーは、ある意味アメリ中産階級そのものなんだよ。たいていの場合はレコードを作るための資金がある程度必要だし。なかにはジョー・Eみたいに、スコット・ウォーカーがやったような大編成のオーケストラ・ポップを作るために、一生かけて貯めなくちゃいけないほどのお金を費やしたような謎の人物もいるけどね(笑)。どこかのホテルやパブのラウンジで毎日キーボードを弾いてる夫婦が、お土産に売っていたというだけのレコードもたくさんある。だが、ひとつ共通して言えるのは、それらがすべて毎日のありふれた生活から生まれたものだということ。洗練されていないし、プロフェッショナルでもない。だが、年齢を経て私にわかってきたのは、洗練やプロフェッショナリズムというものは、普通の人々の暮らしからは遠いもの、かけ離れた非現実的なものだということなんだ。



──それはインディペンデント精神とも深く関わる話ですね。


ヨハン 彼らは普通の人間だけど、別の意味では、まさにそれぞれがインディペンデントだよ。パンク・スピリットもある。パンク、ヒップホップ、ジャズ、アンダーグラウンドな主張にまつわるもの、私はそれらのDIYの精神をとても重要に考えているんだ。この本に載っているレコードも、まさにそう。もちろん、この本を笑いながら読んでもらったってかまわないんだ。なかにはジャケットがクレイジーだという理由で掲載しているものもあるからね。素朴なフォーク・アートに興味がある人もこの本は楽しめるだろう。だが、そういう動機で読み始めた人たちも、やがてこのジャケットのなかにある音楽のことが気になりはじめるはずさ。だから実際に楽曲のいくつかを聞けるダウンロード・カードをつけておいた。「なんだ、音楽も最高じゃないか」って気付いてもらうためにね。(※アナログLPCDでも発売中!)


──オマケについていたアナログのシングル盤も最高でした。曲じゃなくて「自主レコードの作り方」というナレーションが入ってるんですけど(笑)



ヨハン この本に載っているレコードのいくつかは、センチュリー・レコードという会社で制作されていた。センチュリーは自主制作を人々から請け負ってプレスしていた会社で、ハイスクールや教会のゴスペル、ホテルのラウンジ・シンガーなどを相手にレコードを作り、また、一般客を集めるために全国紙に広告を出していた。「あなたのレコードを作りましょう! それを売って、大金持ちの大スターになりましょう!」ってね(笑)。センチュリー・レコードは、興味を持って問い合わせたお客に、この「自主レコードの作り方」を解説書代わりに送りつけていたんだ。それもまたひとつの広告戦略だよね。今となっては、そのレコードも、とてもレアなんだけど、私たちはそれを複製してこの本に付けることにした。なぜなら、このレコードは、DIYスピリットというものを説明してくれているんだから。


──最高のオマケです(笑)


ヨハン アメリカっておかしな国でね。フロンティア・スピリットが未だにある。お金を稼ぐということが賞賛されるんだ。お金を稼ぐためなら、平気で信じられないような馬鹿なことをしたりもする。私が考えるに、アメリカにこれほど自主制作のレコードが多い理由のひとつは、それだよ。私はスウェーデン生まれで、青年になってからアメリカに来たときに、そのことを実感した。アメリカでは情熱をさらけ出すことが美徳とされているだろう? ディナー・パーティーやバーに行くと、よくこういう会話が聞こえるよ。「私、貝殻をコレクションしているのよ」「オー! 貝殻を! すげー!」(笑)。それがマジメなものかどうかなんて関係ない。みんながその会話で幸せになることのほうが重要なんだ。日本人、スウェーデン人、フランス人、イギリス人…、私たちはアメリカ人のそういう感覚のおもしろさを知っていて、それを欲してもいる。


──シャッグスについてのページも充実してました。めずらしい写真もあって。


ヨハン シャッグスとこの世界の関係を解き明かすのは一筋縄ではいかないことだけど、その真実に少しでも触れたいと思った。あのレコード(『フィロソフィー・オブ・ザ・ワールド』)は奇跡の産物さ。あのレコードが嫌いだという人に会うといつもショックを受ける。なぜなら、それは私に言わせれば、子どもたちが描く絵が理解できないと言っているのとおなじだからさ。ピカソゴーギャンシャガールといった巨匠の創作の目標って「子どもの頃に絵を初めて描いたときの情熱をもう一度取り戻すこと」だと私は思う。子どもたちには、心と指先のあいだに距離がない。それがシャッグスなんだ。心と楽器に距離がまったくない。音楽を本当に心から愛しているんなら、迷わずシャッグスを手に取るはずなんだけどね。私はシャッグスをよくシェイプ・ノート・シンギングにたとえることがある。


──シェイプ・ノート・シンギング?



ヨハン アメリカの宗教音楽のひとつなんだけど、楽譜を読めない人々が、図形をイメージしたメロディで歌を歌うというものなんだ。円、四角、三角を組み合わせた譜面を見ながら、思ったことを歌や音にしていく。それはとてもストレンジだけど素晴らしい。ムーンドッグの音楽にも似た匂いがあるかな。あるいは、カール・オルフの『ミュージック・フォー・チルドレン』にも似ていると思うときがある。ジョナサン・リッチマンだってそうだ。ジョナサンも、音楽に対していつでもそういう発見をしようと試みている。


──それにしても、すごい数の未知のレコードがこの本には揃いましたね。


ヨハン 約2千枚のレコードを掲載したけど、本当は3万5千枚候補があったんだよ。ポール・メイジャーはそのすべてに耳を通している。今、彼はそのすべてに解説を付けて、どれがすぐれたレコードなのかを紹介する作業を進めているところさ。それが本になるか、ウェブサイトになるかはまだわからないけど。


──ヨハンさん自身は、この本のなかではどういうレコードが好きなんですか?


ヨハン 無名の人々のレコードはどれも素晴らしい。とりわけ、クールであろうとする意図のないレコードは特にそうだ。サイケデリックもガレージ・パンクもアシッド・フォークもいらない。マニアが騒ぐようなファズ・ギターやファンキー・ドラムは、私には不要なんだ。それでも十分、病みつきになるサウンドなんだよ。なぜなら、ここにある音楽にはフィルターが一切ないんだから。


──本の最後には、編集に関わった人たちが選んだ名曲が「Our Favorite Tunes」としてずらっとリストされていますが、アルバムとしてのフェイヴァリットはどれですか?


ヨハン 選ぶのはとても難しい。一番最後のページに載せた『Exodus at the Pirates Inn』も好きだし、その前のページにあるジョージ・ラウも大好きだ。大好きなレコードでもデザインの都合で小さく掲載したものもあるしね。『Enjoy The Experience』も重要だ。この本の精神がタイトルに表れている。ただ、私たちの間で、この本に載せたレコードのいくつかを再発したらどうかとか話をすることがあるんだが、「世界中にこんなレコードを買う人、300人もいないだろう? せいぜい20人だ!」という結論に達してしまうんだ!(笑)


──僕はその20人に入りたいですけど(笑)


ヨハン もうひとつ、この本で言いたいのは、私たちは他人の人生を消費の対象にしてはならないということ。自分ではない人々の人生は、祝福されるべきものなんだ。この愛すべき奇妙な人々を笑い者にすることを私は許さない。ヒップを自認する連中が、カントリー歌手をださいと言って笑い、クールじゃない人々を嘲笑する。クールの何が偉いって言うんだ? いい加減にしてくれ。私たちが死ぬとき、神が目の前に立って、人生を採点するっていうのか? 「汝は満点、クールだ。汝は5.9点、クールじゃない」とか(笑)。私たちにできるのは自分の人生を生きることだけさ。この本に載っているアメリカ人はみんな変だろ? でもみんな、すぐそこにいるような人たちなんだ。きっと日本人だって内面では変なんだと思う。本当は世界中のだれもが変なんだよ。この本が読者にとって意味のあるものになっている大きな理由はそれだと思う。


(おわり/2013年9月2日 原宿UNITED ARROWSにて)