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なにかあり/とくになし

追憶の「大勝軒」東池袋店 その3

いよいよ「大勝軒」の中へ。


「最初におふたりさま、
 そしてもうおひとりさまはカウンターにお座りください」


グループであっても、
否応なく割り振る(ただし子供のいる家族連れは例外)。
その伝統は昔のまま。


店内のテレビも変わってない。
1989年2月9日(報道は10日だったかもしれない)、
この画面から流れたお昼1時の「NHKニュース」で
ぼくは手塚治虫の訃報を聞いた。


“あつもり”が涙でしょっぱくなった……
というのはウソで、
「ぶわわ〜」と思いながらも、
かっこんだのではなかったか。


食欲と哀悼のバランスは
いつだって不具合なものだ。
平たく言うと、
空腹には勝てない。


さて、ほどなく17年ぶりの“あつもり”到着。
メンの量、変わりなし。
チャーシュー、極厚、3枚。変わりなし。
つゆの色、こんなもんか? 薄くないか?


かつては浮かぶ煮たまごを一度つゆに沈めて食べたものだが、
今日来たつゆでは、最初から沈んでいた。
ぼくの中の風情が、ポロッと欠けた。


それでも、食べ始めたら止まらない。
止まったら、食べきれないと信じるからのだ。
全力で“あつもり”に取り組む者だけに勝利は訪れる。


いよいよ完食というその瞬間、
横からメンがどさりと来た!
ツマからメンのお裾分け。


そんなに食えねえ……でもないか。
まだ、いけそう。


結局、そのままメンをさらに半人前、
チャーシュー一枚追加して完食。
さすがにつゆは飲み干せなかった。


なんだ。
大盛り、いけたかもしれん。
メン、減ったのか?
いや、かつての自分がそれだけ細かったってことかしら?


山岸さんという太った名物オーナーの姿もこの日は厨房になく、
大勝軒」に感じていた
ひとを狂わせる部分は多少なりとも変化したような気もした。


だが、変わったのは本当に「大勝軒」の方なのか?


あばら屋めいたお店を出ると、
目の前には落成したばかりの超高層ビルが二棟そびえ立っている。


もうひと月ほどで「大勝軒」が消えれば、
この一画もビルに征服されるだろう。
いともたやすくね。


食後、
思ったよりもスタスタとぼくたちは池袋の街を歩いて帰った。