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なにかあり/とくになし

脱線して琴線

若く有能なスチール・ギタリストであり
野心的なミュージシャンであり
高田渡さんの息子さんであり
サケロック・オールスターズの一員でもある
高田漣さんが登場しているサイト「Behind The Disk」に、
彼が気になるレコード屋さんを訪ね
いろいろ試聴をするという連載「青年の試聴」がある。


初回から知り合いが出ていたこともあり、
ちょくちょくチェックしていたのだが、
こないだ光栄にも
ハイファイ・レコード・ストアもお声をかけていただき、
第五回から登場とあいなった。


というか
気づくのがおそくて
そろそろ続編にあたる第六回がアップされそうな感じ。
まあ、サイトの紹介のタイミングとしてはよいか。


ところで
試聴をして
その音楽が自分の心に響くと思うことを
日本語で“琴線に触れる”と言ったりするが、
その言葉をぼくが初めて知ったのは
日本人からではなかった。


1980年代、
NHK-FMサウンドストリート」の
渋谷陽一さんの日に
日本語の上手な外人スティーヴ・ハリスというアシスタントがいた。
彼は、ときどき番組に出てしゃべることがあった。


その彼が渋谷さんに対し
”琴線に触れる”という言葉を使い
「難しい言葉知ってるね」と感心させたのだ。
それが最初だったと思う。


山本安見さんなどの手掛けたロックの訳詞の間違いを
英語圏の人間として指摘する「誤訳しらみつぶし」とか、
彼の出るコーナーが好きだった。


彼は
確か「Rockin' On」の投稿ページで
アメリカのロッカー、ミートローフが
誇大妄想たっぷりに答えたインタビュー記事を
書いていたこともあった。


おおまじめか
ふまじめか、
その二極を問うのではなく
両方あるのが普通でしょ、みたいなアメリカ人のスタンスが
強く印象に残っている。


町山智浩さんの語るアメリカの
間の抜けた真相および深層を親しく感じるとき
ティーヴ・ハリスの遠い幻が
ぼくの頭の奥には見え隠れしないでもない。


ああ、「青年の試聴」から脱線。
でも、あながち脱線でもないんです。


“琴線”とは琴の弦のこと。
それを連想してしまったのは
「青年の試聴」に精を出す漣さんが
スチールギタリストだから
感動するのは“琴線”だろうと思ったから。
ね?