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なにかあり/とくになし

一人ぼっちの二人

下北沢のラ・カーニャまで
寺尾紗穂さんのライヴを見に出かけた。


道中、文庫一冊。


永六輔「一人ぼっちの二人」(中公文庫)は
えくらん社から1961年に刊行された
氏の初めての単行本の復刻版。


当時の文章をそのまま復刻しただけでなく
レイアウトもなるべく意匠を残し
えくらん社の社主でもあった挿絵画家、西原比呂志さんの
チャーミングでとぼけたイラストもそのまま収録してある。


1961年というと
永さんは放送作家ラジオDJとして
人気と多忙をきわめているころ。


1959年には
作詞を手掛けた水原弘「黒い花びら」が
第一回レコード大賞を受賞している。
そしてこの本が刊行された61年という年は
坂本九に「上を向いて歩こう」を提供する年でもある。


また翌62年には
この本のタイトルから転がった
「一人ぼっちの二人」も
坂本九のシングル・ヒットになっている。


上を向いて歩こう」の作詞者が
その作詞とほぼ同時進行で書き付けていた日々の雑記なのだから
さぞや面白かろうと思ったのだが、
予想とはちょっと違った。


面白さのチャンネルが違ったという意味だ。
ここに書き留めてあるのは
文化人としての日々多忙録にはあらず。


むしろ目に留まるのは
おならに固執するとぼけたユーモアや
奥さんや家族に対する率直な愛情であった。


住職であった父親からときどき送られてくる手紙を
そのまま掲載しているのも楽しいし、
その手紙の内容はシンプルながらとても胸に迫る。


手軽なエッセイともコラムとも言えないスクラップブックで、
まだ未完成ながら
やはりこれは永六輔の世界なのだろう。


結局、
下北沢への行き帰りで
ほとんど一冊読み終えてしまった。


「一人ぼっちの二人」のえくらん社版は
著者の希望を出版社が全面的に受け入れた結果、
表紙には書名、著者名が一切印刷されなかったという。


永さんはそれを
「恥ずかしい」という気持ちに甘えた
世間に対して思い上がった行為であったと
反省を込めてあとがきに記している。


確かに
その反省もすごくよくわかるが、
処女作の表紙をまっさらで出せるなんて
それほど完璧なデビューもなかなかないじゃないか。


残念ながらこの文庫版には
書名も著者名も堂々と記してあるのだが、
それはよしとする。


そこにも何も書いてなかったら
もともと何も表紙に書いてない本が実在したという事実に
ぼくが震えることも出来なかったんだし。